businesscrossのブログ

〜27歳会社員が職場で学んだこと〜

「自分」とは

今日は大学卒業まで続けてきたサッカーを通じて学んだ「自分」についてブログにしたいと思います。

私は5歳の頃から大学卒業までの17年間ずっとサッカーをしていました。

小学生・中学生は地元クラブチームでプレーし、高校は全国大会常連で部員が240人も居る

高校に特待生で進学しました。大学もスポーツ推薦で入学し、自分の人生の半分以上がサッカーばかりでした。

この高校に進学したいと思ったのは自分が小学4年生の時でした。

テレビで全国高校サッカー選手権を観ている時に自分が進学した高校は全国ベスト4を賭けて闘っていました。今もそうだと思いますがサッカーをしている小学生からすると全国で活躍している高校生はヒーロー並みに格好良いと思います。自分もまさにその小学生の一人でした。

全国大会で活躍している地元の強豪高校を観て、母に「この高校に行きたい」と言った自分を覚えています。

中学に入学して地元のサッカークラブチームに入団し、小学4年生の時に心に決めた高校に行くために練習に励みました。この地元クラブではキャプテンをしていました。小学生の頃もキャプテンをしており、リーダーシップ力は間違いなくこの頃に培われたと思っています。

中学時代のサッカーを振り返ると、サッカーが下手くそだった自分に監督はサッカー技術ではなく、人間性の重要性を突き詰めて教えてくれました。中学時代の3年間で親への感謝の気持ちや自分の為にではなく、チームの為に、誰かの為に戦う大切さを学びました。

結果的に自分がずっと進学したかった高校から特待生として進学することが出来ました。

高校のサッカー部員は240人で、地元だけでなく全国から人が集まる強豪校でした。

そんな環境の中、高校1年生の頃です。

特待生で入学したのに一番下のチームからのスタートでした。他の特待生はトップチームでプレーしているのに自分だけが一番下のチームでのスタートは屈辱的でした。

自分自身上手いとは思ってませんでしたが、正直一番下のチームからスタートするとも思ってませんでした。一番下のチームを指導するのは監督やコーチではありません。去年まで同じ高校生で先輩OBや一時的な外部コーチがほとんどです。失礼な言い方になりますが、下のチームでは誰から評価されても上に上がることは出来ません。自分が這い上がるには、まずは「自分」の存在を監督やコーチに証明することからでした。週に一度、3200m走は240人全員が同時に取り組んでいました。当時の私は体力には自信があったので、とにかくアピールすることを考え240人中1番になりました。何週間も何ヶ月間も行われる3200m走でずっと1番を死守してきました。

「自分」の存在を監督やコーチに証明するだけでなく、自分にとっても大きな自信となり武器になりました。

フォワードで入学した自分でしたが、この武器を評価してくれた監督やコーチからは当時のトップチームで手薄だったサイドバックへのコンバートを進めてくれました。

「全国大会に出場し、レギュラーとして活躍する」ことを掲げて入学した自分にとってポジション変更は簡単な事でした。それ以上にこのチャンスを逃したくない気持ちの方が遥かに強かったのを今でも覚えています。

またトップチームに昇格以降、周りの上手い選手と一緒に練習する事で自分自身の技術も含め成長スピードは格段に上がりました。

この時、環境は自分自身も大きく変えることができ、その環境を決めるのは自分が信念を持ち、その信念の為に努力を怠らなければ変える事が出来ることを学びました。

そこからトップチームでプレーをし続け、結果的には自分が小学生の頃にテレビで観て憧れていた全国高校選手権にも県代表として出場し全国ベスト16になりました。

大学でも有難い事に自分を必要としてくれた大学にスポーツ推薦で進学しました。

サッカーの練習量も高校の頃の1/3程度でした。練習後に自主練習をするのは自分次第でした。

私のサッカーにおける環境で大きく高校と違ったのは1年目からトップチームで出場できる環境があった事です。この環境は1年生時からプロサッカー選手を視野に考えることが出来る一方で、努力をしなくなるような自分が怠慢になる環境でもありました。

当時の自分はそんな怠慢に気付く事がなく、大学生活を過ごしていました。高校の頃に培っていた努力はいつの間にか無くなりつつありました。自分だけが上手くなっている(プロサッカー選手に近づいている)と勘違いをしていたと思います。

大学2年生の冬、自分のサッカー人生において一番大きな怪我をしました。手術をして全治1年。サッカーを始めた頃からプロサッカーを目指していた自分にとってこの時期の怪我がどれだけ大きなダメージかは手術をする前から感じていました。大学3年生は自分にとって「勝負の年」としており、自分やチームのキャリア形成で一番頑張るべき時期だったので大きな挫折となりました。結果的に復帰はできましたが、チーム、個人としても大きな結果を残すことができずに終わりました。

しかしながら、「就職活動をするか、プロサッカー選手になる道を諦めないか」を迷っていた自分にとっては決心が出来るきっかけとなった良い出来事だったと感じています。

社会人として働く決心が出来た自分は全力で「就職活動」が出来たと当時を振り返って感じています。

私がこれから社会人で学んだことをこのブログを通じて書いていく中で必要だと思い書かせていただきました。

長いブログを読んでいただきありがとうございました。

 

P.S

ブログを書き始めて1週間ですが、☆を付けていただいている方や読者になっていただいている方がいて有り難く感じています。ありがとうございます。

これからも自分が学んだこと、体験談を自分の言葉でアウトプットできればと思っています。

 

ではまた!